金原 柊汰
SHUTA KANEHARA
主権者教育事業部 足立区モギ区長選運営課 プロジェクトマネージャー|3期生(2025年度入会)/桜丘高校2年
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中学3年生のとき、参加者としてモギ区長選の会場にいた。いまは同じ事業の現場を、全員が高校生のチームで回している。同世代だけで事業を動かすこと、学業との両立、そして「自分がいなくても回るチーム」という目標について聞いた。
入会のころについて
まず、簡単に自己紹介をお願いします。
金原柊汰です。3期生として入会しました。桜丘高校の2年生で、足立区モギ区長選運営課のプロジェクトマネージャーをしています。
TEIGEN JPを知ったのは、いつでしたか。
僕がTEIGEN JPを知ったきっかけは、中学3年生の時に参加した「足立区モギ区長選」でした。
中学3年生の目に、あの会場はどう映りましたか。
当時、高校生だけで運営している団体にもかかわらず、現場で感じられるプロ意識や完成度の高さに圧倒され、「こんなにすごい団体があるのか」と強く引きつけられたのを覚えています。それと同時に「自分もここで挑戦すれば成長できる」と感じ、3期生として参画することを決めました。
もともと政治には詳しかったんですか。
いえ、そこまでは(笑)。関心がなかったわけではありませんが、特別に強かったわけでもありませんでした。人並みの関心からスタートし、TEIGEN JPで活動していく中で、日々の政治や社会課題に対する興味や意識が少しずつ大きくなっていったと感じています。
入ったときに思い描いていたことは、いまも同じですか。
参加者として関わったモギ区長選から、今度は人を巻き込む「運営側」へ立つこと。より人々を引きつけ、巻き込めるようなモギ区長選の設計や工夫を通して、日本全国に主権者教育を広げていきたいという思いは、入会当時から今に至るまでずっと変わっていません。
もっと責任感を持ってこの仕事に向き合っていかなければならない。
最初の仕事について
運営側に入って、最初にした仕事は何でしたか。
運営側に入って最初に取り組んだ仕事は、各種連絡やメール対応といった事務・調整業務でした。
最初から、そつなくこなせました?
いえいえ、全然です。最初はそうした基本的なやり取りひとつ取っても苦労が多く、試行錯誤の連続でした(笑)。
途中で、スイッチが入った瞬間があったんですよね。
そんな中、代表の堀井から「自分がやらないと事業が回らない」と言われた瞬間がありました。その言葉をかけてもらったことで、しっかりと重要な役割を任されていること、そして信頼されていることを強く実感しました。
それで、どう変わったんですか。
「もっと責任感を持ってこの仕事に向き合っていかなければならない」と意識が大きく切り替わった、自分にとって大切な出来事です。
プロジェクトマネージャー就任について
プロジェクトマネージャーの話は、どういう形で来たんですか。
昨年度のモギ区長選が終わったタイミングで、代表の堀井から来期の話をいただいたのがきっかけです。自分の中でも「来年はモギ区長選の運営でしっかりと結果を残そう」と心に決めていたタイミングでした。
ぶっちゃけ、不安のほうが大きかったんじゃないですか。
それが、逆だったんです。就任のお話をいただいた時は、不安や迷いよりも、とにかく嬉しさと好奇心、そして「やってやるぞ」というワクワクした気持ちで胸がいっぱいでした(笑)。
年齢差による難しさや抵抗感は全く感じていません。
足立区モギ区長選の運営課は、メンバー全員が高校生なんですよね。事業部には年上の先輩もいますが、やりにくさはないですか。
年上の大学生や先輩メンバーとの関わり方については、年齢差による難しさや抵抗感は全く感じていません。
どこを見て動いているんですか。
年齢や期に関係なく、「どうすればより良いチームを作れるか」「どうすれば全員が動きやすい環境を整えられるか」という目的そのものに視点を向けています。年齢ではなく「役割や能力」に焦点を当てる意識を持つことで、フラットでよい雰囲気のチーム構築ができていると感じています。
では、いちばん難しいのはどこですか。
プロジェクトマネージャーとして最も難しさを感じているのは、チームメンバーの「モチベーション管理」と、ミーティングなどにおける些細な「質の管理」です。
どうやって解いているんですか。
一人ひとりの状態をどう高めるか、会議の質をどう維持するかという課題に対しては、代表の堀井や主権者教育事業部マネージャーの秋山と1on1を実施したり、日常的に相談に乗ってもらったりしながら、着実に解決の糸口を探っています。先輩方の力を借りながら自分自身も成長できていると実感していますし、これからも質を高める努力を続けていきます。
いちばん苦しかった時期について
これまでで、いちばん苦しかったのはいつでしたか。
一番苦しかったのは、ミーティングが立て続けに重なり、処理すべきタスクが大量に溜まってしまった時期です。
もう限界だ、という感じでしたか。
正直、近かったと思います。キャパシティを超えそうになり、プレッシャーを感じた瞬間でした。
それは、相当な時期でしたね。
まだ学びの途上ではありますが、その苦しい経験を通して「優先順位を明確につけること」や「スケジュール管理を確実に実行すること」の大切さを身をもって学びました。
一人で抱えたわけではないんですね。
はい。この時も、周りの先輩方が具体的な管理手法やアドバイスを教えてくださり、乗り越えることができました。これから先も頑張っていきます。
どんなに優秀な人がいても、1人に依存した組織は脆く、何事もうまく回りません。
目指すチームについて
金原さんが目指しているのは、どんなチームですか。
僕が目指す理想のチームは、「自分がいなくても自律して回るチーム」です。
任せた仕事が失敗したら、どうするんですか。
メンバーに仕事を任せて失敗することがあっても、それを「悪いこと」だとは全く思いません。任せて失敗を経験することこそが、その人にとって一番の成長機会になると信じているからです。個人に依存したチームは、その人がいなくなった瞬間に成り立たなくなってしまいます。
それは、金原さん自身の信念でもあるんですか。
大切にしている信念は「1人に依存するチーム作りをしないこと」と「抱え込まずに相談して色んな人の意見を取り入れること」です。どんなに優秀な人がいても、1人に依存した組織は脆く、何事もうまく回りません。
具体的には、何をしているんですか。
そのために特定の人に依存しない「型」をしっかりと作り、持続可能な基盤を持った組織づくりを行っていきたいと考えています。だからこそ、仕組み(型)を構築して誰でも動ける状態を作ること、そして自分一人で抱え込まず、色んな人の意見や相談を取り入れながら進めていくアプローチを自身の軸として大切にしています。
学業との両立について
高校2年生ですよね。学校とは、どう両立しているんですか。
テスト期間中などは、団体内にある「学業を優先できる配慮(TEIGEN JPの仕組み)」を活用し、学業もしっかりとおろそかにせず両立できていると感じています。
相談できる相手がいるのは、大きいですよね。
本当に大きいです。周囲に相談できる環境があるからこそ、バランスを保って走り続けることができています。
変わったことについて
入る前の自分といまの自分。いちばん違うのはどこですか。
TEIGEN JPに入って、人生の捉え方や物事の考え方が根本から大きく変わりました。
何がきっかけでしたか。
特に代表の堀井からの影響が大きいのですが、「死んだらいつでも寝られる」「生きているうちに後悔を残さないように生きる」という考え方に触れ、日常や活動に対する認識が変革しました。
その言葉から、何を持ち帰ったんですか。
いろんなことに恐れず挑戦すること、そして覚悟を持って物事に向き合うこと。TEIGEN JPでの活動を通して学んだその「覚悟」が、今の新しい自分を作り上げていると感じています。
これからについて
これから、どんなモギ区長選をつくりたいですか。
これから作っていきたいモギ区長選は、従来以上に満足度が高く、主権者教育として圧倒的に質の高い、インパクトのあるイベントです。この質の追求は絶対にぶらさずに追求していきます。
次の代に残したいものは、何ですか。
後輩や次世代に残したいチーム文化は、「特定の人に依存しない、独占化しない、全員で作り上げるチーム文化」です。この仕組みとマインドをしっかりと形にして引き継いでいきたいです。
最後に。金原さんにとって、TEIGEN JPとは何ですか。
僕にとってTEIGEN JPとは、一言で言うと「家」です。それほどまでに自分を受け入れ、挑戦させてくれ、成長させてくれる根底にある場所だと感じています。
金原柊汰(かねはら・しゅうた)。3期生(2025年度入会)。主権者教育事業部・足立区モギ区長選運営課プロジェクトマネージャー。桜丘高校2年。