秋山 咲貴
SAKI AKIYAMA
主権者教育事業部 マネージャー|3期生(2025年度入会)/慶應義塾大学法学部政治学科1年
読了 約7分
体験に訪れた塾で、一枚のポスターを見かけた。政治にほとんど関心のなかった高校生が、翌年には運営側に回り、いまは事業全体を率いている。受験との両立、引き受けるまでの迷い、そして「一人で乗り越えることだけが正義ではない」と考えるまでを聞いた。
参加する前について
まず、簡単に自己紹介をお願いします。
秋山咲貴です。モギ区長選2025に参加者として関わったあと、3期生として入会し、いまは主権者教育事業部のマネージャーをしています。慶應義塾大学法学部政治学科の1年生です。
モギ区長選を知ったのは、どこでしたか。
モギ区長選を知ったきっかけは、体験に訪れた塾で「モギ区長選2025」のポスターを見かけたことでした。
そのころ、政治って自分から遠いものでしたか。
はい、かなり。当時の私は政治にほとんど関心がなく、自分とは距離のある、近づきにくいものだと感じていました。政治や社会に対して、自分一人が何かをしても変わらないのではないかという、漠然とした無力感もあったように思います。
それでも参加を決めたのは、どうしてですか。
それでも参加を決めたのは、「さまざまな経験をしてみたい」「何か新しいことに挑戦したい」という、比較的素朴な気持ちからでした(笑)。当時の私は、やりたいことがあってもなかなか行動へ移せない自分に課題を感じていました。モギ区長選への参加は、そんな自分が一歩を踏み出す最初のきっかけになったと思います。
学生であっても、自分から動けば、これほど大きなことを実現できる。
参加者として見たモギ区長選について
参加して、いちばん印象に残ったことは何ですか。
参加して特に印象に残ったのは、参加者だけでなく、イベントを運営しているメンバーも自分とそれほど年齢が変わらなかったことです。行政や大人たちと連携しながら、40人規模のイベントを同世代の学生たちが中心となってつくり上げている。その事実に、当時の私は強い衝撃を受けました。「学生であっても、自分から動けば、これほど大きなことを実現できる」。それまで持っていた自分の中の常識が、大きく変わった瞬間でした。
とはいえ、初めてのことばかりですよね。
そうなんです。政治に関する知識が十分ではなかったため、選挙公報やスライドの作成など、初めて取り組む作業には苦戦しました。周囲の参加者が持つ知識や意見の深さに圧倒され、自分の考えを十分に言葉や形にできなかったことには悔しさも残りました。ただ、その悔しさがあったからこそ、「もっと知りたい」「次は自分の考えをきちんと伝えられるようになりたい」という思いも生まれたのだと思います。
運営側へ回るまでについて
運営メンバーの募集を知って、すぐ応募しようと。
TEIGEN JPのメンバー募集が始まった当時、私は高校3年生で、大学受験を控えていました。そのため、当初は応募するつもりはありませんでした。
ぶっちゃけ、かなり迷いましたよね。
はい、本当に最後まで。憧れていた運営メンバーの一員になれるかもしれないという期待がある一方、受験と活動を両立できるのかという不安もあり、応募するかどうか最後まで迷っていました。
それでも出そうと思ったのは、どうしてですか。
それでも、参加者としてモギ区長選を経験したからこそ、「ここはもっとこうしたらよいのではないか」と感じていた部分があり、今度はそれを運営する側として形にしてみたい。次第に、そんな思いが強くなっていきました。
運営の壁について
実際に入ってみて、最初につまずいたのはどこですか。
運営に加わって最初に難しさを感じたのは、ほとんど初対面のメンバーと、オンライン会議を中心に一つのイベントを作っていくことでした。互いの考え方や得意分野も十分に分からない状態から、少しずつ関係を築きながら役割を分担していく必要があり、それが大変でした。
地味に大変だったことも、ありますよね。
他にも大きな壁となったのが、参加者集めでした。開催直前まで代表やメンバーとともにチラシを配り、最後の最後まで参加を呼びかけました(笑)。
参加者だったときの不満は、企画に入れられましたか。
企画内容を考える際には、自分が参加者だったときに感じた「時間が足りない」「政治に詳しくない中学生でも楽しめる内容にしたい」という思いも反映しました。ただ、すべてを盛り込めばよいわけではなく、限られた時間の中で何を残し、何を削るのか。その判断の難しさも、運営する側になって初めて知りました。
受験との両立について
秋山さん、受験は総合型選抜だったんですよね。
私は総合型選抜で大学受験に取り組んでいたため、自分が今どの位置にいるのかを客観的に測ることが難しく、「どれほど努力すればよいのか」「何をどのように頑張ればよいのか」が分からない時期が続きました。
それは、しんどいですね。
明確な正解のない中で努力を続けることは想像以上に苦しく、自信を失いかけることもありました。
その時期の活動は、負担ではなかったんですか。
それが、むしろ逆でした。TEIGEN JPの活動は、受験から一度気持ちを切り替えられる大切な場所になっていました。部活動を引退し、塾にも通っていなかった私にとって、同世代のメンバーがそれぞれの目標に向かって努力する姿は大きな刺激でした。
マネージャー就任について
マネージャーの話が来たときは、素直に嬉しかったですか。
正直に言うと、素直には喜べませんでした。代表から声をかけていただいたときは、ありがたさを感じる一方で、大きな葛藤もあったからです。
何に引っかかっていたんですか。
それは、まず第一に現場に出て人と関わることが好きだからです。そのため、マネージャーのように各プロジェクトを後方から支える役割は、自分に向いていないのではないかと思っていました。運営メンバーとして活動していた頃も、率先して前に立って全員を引っ張るというより、一歩後ろから全体を見渡し、必要なことを考えることの方が多かったからです。「本当に自分が適任なのだろうか」と悩みました。
それでも引き受けたのは、どうしてですか。
そのとき思い出したのが、前年、運営メンバーになるか迷っていた自分です。あのときも不安はありましたが、挑戦したことで見える景色が変わり、自分自身も大きく変わりました。それなら今回も、まずは挑戦してみよう。そう考え、マネージャーを引き受けることを決めました。
一人ですべてを乗り越えることだけが正義ではない。
苦しさと、チームについて
これまでで、いちばん苦しかったのはいつでしたか。
振り返ってみると、「もう無理だ」「自分にはこの役割を果たせない」と思うところまで、一人で抱え込んだ経験はほとんどありません。それは、苦しくなり切る前に、チームのメンバーへ相談できる環境があったからだと思います。
そこで学んだのは、何でしたか。
この経験から学んだのは、一人ですべてを乗り越えることだけが正義ではないということです。問題が大きくなる前に周囲へ助けを求めること、自分だけでは難しいと判断したときに素直に相談すること、そして互いに支え合うことも、チームで何かを成し遂げるために欠かせない力だと考えるようになりました。
若者と政治について
秋山さん、政治との距離はこの2年でずいぶん縮まったんですよね。
以前の私は、政治とは遠いものであり、大人が担うもの、自分のような学生には簡単に関われないものだと考えていましたが、自分の思いを真摯に受け止めてもらい、その思いを実際のプロジェクトとして形にしていく過程を経験したことで、「自分でも社会に働きかけることができる」と実感するようになりました。
「若者は政治に興味がない」と、よく言われますよね。
私は、若者は政治に興味がないのではなく、「政治とどのように関わればよいのか分からない」人が多いのではないかと考えています。
秋山さん、いまは大学で政治学を学んでいるんですよね。
現在、大学で政治学を学ぶ中でも、若者の声が政治へ届きにくい構造や、若い世代が政治参加への実感を持ちにくい現状について考える機会が増えました。だからこそ、「若者は政治に興味がない」と最初から決めつけるのではなく、その可能性を信じたいと思っています。
誰に、いちばん届けたいですか。
だからこそ、かつての自分と同じように政治との距離を感じている10代や、自分の意見に自信を持てずにいる10代に、「自分にも社会へ関わることができる」「自分の声にも意味がある」と感じてもらえる機会をつくりたいです。
最後に。秋山さんの問いは「10代が観客席を降りて、当事者として声を上げるには、何が要るだろう?」ですよね。TEIGEN JPは、その問いにとってどんな場所ですか。
TEIGEN JPは、私にとって、この問いについて考えるだけの場所ではありません。仮説を立て、実際に試し、人と関わりながら、その答えを社会の中で形にしていける場所です。だからこそ次は、より多くの10代が「観客席」を降り、自分自身の言葉で社会に関わり始める。その最初の一歩を生み出していきたいと思っています。
秋山咲貴(あきやま・さき)。3期生(2025年度入会)。モギ区長選2025に参加者として関わり、2026年は運営課で企画・運営を担当。2026年6月、主権者教育事業部マネージャーに就任。慶應義塾大学法学部政治学科1年。